いわゆる嫌韓の歴史④

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こんばんは、のもへです。
「いわゆる嫌韓の歴史」の第四弾として行動する保守運動をテーマに取り上げていく。
2006年7月に、西村修平氏が代表として主権回復を目指す会が設立し、
2006年12月2日に、在日特権を許さない市民の会が発足し、初代会長として桜井誠氏が就任した。
在日特権を許さない市民の会は、まずシンポジウムなどを開いて勉強会を中心とし、団体の規模拡大を進めていた。
その後、主権回復を目指す会の西村修平氏の師事でデモや街宣を行ない、
関東と比べ活動規模が小さかった関西圏では、チーム関西として連合を設立し各種デモ集会などを開催した。
当時からも少なからず、左翼や在日による妨害行為でトラブルは発生していたが、
行動する保守運動がマスコミに取り上げられるようになったのは、京都朝鮮学校公園占用抗議事件ではないだろうか。
個人的には、チーム関西が実力行使に踏み切った事については賛同出来ない。
しかし、半世紀に渡って朝鮮学校が不法占拠していた事を認めさせた事は、大きな功績であると評価する。
【桜井誠vs西村修平】京都朝鮮学校裁判で何がおこったのか?【在特会vs主権回復】
京都勧進橋児童公園は今
後日談みたいになるが、「在特会・桜井会長のニコ生「Makoトーク」(2014/9/13)」で、裁判や主権回復を目指す会との決裂の経緯など説明している。
京都朝鮮学校公園占用抗議事件については、改めて再評価していかなければならないと思う。
勧進橋児童公園についても不法占拠から開放された事も見ていかなければならない。
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