三菱東京UFJ銀行で「東京」が消えて三菱UFJ銀行に変更とか

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金融業界は今の世の中では、企業においては銀行から融資を受けて設備投資や運転資金として運用したり、個人では住宅ローンなどで借り入れをしたり、積立預金や定期預金と貯蓄と様々な分野で利用されています。

バブル崩壊後の日本では、97年には北海道拓殖銀行や山一證券が破錠し、98年には日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が破綻と、社会的に信用不信が大きくなっていきます。
こういった危機感の中、数多くの金融機関は生き残りの為に規模の経済性、多角化による経済性、コスト削減効果により経営改善を期待した各邦銀では事業再編が行われていきました。
そして、各邦銀の合併などによって、日本においてメガバンクが誕生し、三菱UFJグループ、三井住友グループ、みずほグループと銀行が構築されて行きました。
地方銀行でもじもとホールディングスと持株会社を設立し、しあわせ銀行と仙台銀行との間で経営統合が行われるなど、経営合理化が進んでいっています。

本日のニュースで取り上げられていますが、三菱東京UFJ銀行が三菱UFJ銀行へと行名を変更となりました。
三菱東京UFJ銀行は、三菱銀行、東京銀行、三和銀行、東海銀行が段階的な合併を繰り返し現在の形となっていきました、

96年に三菱銀行が東京銀行を吸収合併を行い、三菱東京銀行が誕生します。
99年に三和銀行と東海銀行が合併し、UFJ銀行が誕生します。

UFJ銀行の不良債権処理の遅れなどから経営危機的状況となり、三菱東京銀行がUFJ銀行を救済する形で吸収合併をしていく事となっていきます。
合併直後は、銀行窓口業務も旧三菱東京と旧UFJと別れており、メインフレームの勘定システムにおいては、旧三菱東京がIBMで、UfJが日立と別れていました。
旧三菱東京(IBM)よりも旧UFJ(日立)の勘定システムの方が優れていると言われていましたが、主導権関係で旧三菱が強かった事や地銀システムとの兼ね合いなどの事情から、旧三菱東京(IBM)の勘定システムへ片寄統合が行われる事となりました。

三菱東京UFJ銀行から三菱UFJ銀行に変更となった理由としては、行名が無いという理由が上げられますが、最大の要因として旧三菱の派閥が強いという側面もあるのではないかと思います。
現在の三菱UFJ銀行でも旧UFJ出身しゃからも「明日は我が身」という話もあるとかないとかが、文春で取り上げられてますが、旧三菱が強いというのが現状なのかなって感じます。

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