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豪雨によって甚大な被害が発生している事で考えてみる

政治・国内社会問題

こんばんは、のもへです。
まずはじめに、豪雨によって被害に遭われた皆様方には、お見舞い申し上げます。

TV報道で見ていますが、今回の九州豪雨によって、土砂崩れにより道路や家屋が流され、川の氾濫によって冠水と甚大な被害が発生しています。
熊本県では、市街地を中心に広範囲に冠水するという大きな被害が出ていると報じられており、SNS上では、家屋の二階まで浸水してきて逃げ遅れている人の動画が流れてきています。
ここまで広範囲に冠水被害が出るのにも想定を超える降水量だったのは明白で、昨年の豪雨によって長野県でも新幹線が冠水してしまうなど甚大な被害があった事を考えてみると、今後の治水対策という事を考えていかなければならないと思います。

何故ここまで被害が大きく?

何故、人吉市が甚大な被害に見舞われてしまったのかを様々な事を調べていきます。
あくまでも当方は治水に関して専門外で、間違っている所があるかもしれませんが、その点についてはご了承下さいです。

人吉市の場合は人吉盆地と平地に囲まれた地形をしていますが、球磨川という一級河川があり、最大支流の川辺川をはじめいくつかの支流に囲まれた地形をしています。
また、Googleの車載カメラ写真などから考察するにしても、人吉市街の河川の堤防が低いという事がわかります。

支流との合流で豪雨に見舞われると河川の水位が上昇しやすい事が明白で、結果論になりますが今回のような豪雨によって想定を超えてしまったために、広範囲に渡る浸水被害がもたらされてしまったと言えます。
球磨川の上流にある市房ダムも記録的な豪雨から、緊急放水をしなければならない寸前にまでなっており、もし豪雨が発生する前に予備放流をしていなければ、緊急放流しなければならない状態になり、より被害は大きくなった可能性も無くもなかったです

ネット上でも話題となっていますが、もし川辺川ダムが作られていれば被害規模は抑えられた可能性があった事などからダムに対する議論が行われるようになってきています。
熊本県の方針としては、ダムに頼らない治水対策を進めていますが、現状としては高額な費用がかかることから、なかなか方向性が定まらない状態です。

今回の水害を踏まえて、治水対策について見直していく必要があるのではないでしょうか。

日本は長年に渡って災害と戦っている

長い歴史をたどれば日本は多くの災害と戦って参りました。

戦国時代では、現在の山梨県では武田信玄公が長年に渡って河川の氾濫が発生している事から、信玄堤という堤防を作り、洪水対策と農業用水の水路を確保と治水対策をした記録が残されており、今でも石積出しが残されています。

当方の地元、米沢においても米沢盆地で水害にかつては大きく悩まされていました。
江戸時代には、直江兼続公が直江石堤と呼ばれる堤防を作り、水害対策をなされていますし、上杉鷹山公の時代では黒井堰や飯豊穴堰が作られ、今まで水田に適していなかった所で新田開発が出来るようにしてきた歴史があります。

また、1967年に発生した羽越豪雨によって山形県や新潟県においても豪雨によって甚大被害を受けていますが、白川ダム、長井ダム、寒河江ダムなどの多目的ダムが作られ治水対策がなされています。

それでも山形県内では、豪雨による冠水被害が無くなるわけでなく、2014年の豪雨では南陽市では吉野川が氾濫し甚大な被害に見舞われています。

水害とは長きに渡り戦っていかなければならない

水害対策を見るだけでも歴史的な観点を含めていくと、長年に渡り災害と戦っていたことがわかります。よって、水害対策は10年そこらで解決できる問題でなく、100年200年と長期に渡り戦っていかなかければならない事だと思います。

確かに、ダムを作る事によって、水質の変化によって鮎や貝などの生態系に大きな影響を受けるのは確かです。
自然と防災をどのように協調していくのかが課題となってきますが、ダムを頼らない治水対策をしていくにしても、堤防をより高く建設をしたり、川の急激な増水防ぐための堰を作るなど様々方法を模索していかなければなりませんし、ソフト面でもハザードマップの策定や住民への情報発信、防災無線の設置など様々な事を考えていかなければなりません。

かつて民主党政権では「コンクリートから人へ」をキャッチフレーズにしていましたが、この考えは大間違いで「人もコンクリートも大事」です。
日本強靭化させていくにも、コンクリートも大切であることを改めて考えさせられると思います。

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