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自分史を語る

LGBT

こんばんは、のもへです。
今回は自分史という事で少し振り返ってみたいと思います。

前回のカミングアウトから、自分史をより詳細に振り返ってみたいと思います。

未就学時代

自分が生まれた時の話とかを親からよく聞いてましたが、兄弟の中では生まれた時から肥満児でぽっちゃりしていて、母乳の飲みっぷりは兄弟の中では一番飲む方だったと聞きます。
幼少期の性格としては、落ち着きがなく、協調性が欠けている子供だったと思います。
好きな遊びとしては、レゴのブロック遊びやごっこ遊び(ウルトラマンや秘密のアッコちゃんなど)、プラレール、三輪車などが好きだったかなぁって記憶があります。

幼稚園に入る前までは、何度かスカートを着用して遊んだり、ぬいぐるみで遊んだりしましたがスカートは幼稚園に入る頃には禁止に「男の子だからスカートは履いてはいけません」と言われてできなくなった時は「何で駄目なんだろ?」って思いました。

幼稚園での生活があんまり馴染めていない事から、言葉の発達遅れなどの疑いがあって、山形県発達障がい者支援センターへ通っていた事もあったりします。
(親から聞いた所によると障害認定はされなかったとの事)

自我が芽生えてきてあれですが女児あるあるかもしれませんが「なんで私におちんちんがついてないの?」の逆バージョンで「なんで僕におちんちんがついているの?」って違和感を覚えていたと思います。
幼稚園では我が強い男の子が何人かいた事からかいじめのターゲットにされていたと思いますし、女の子と遊んでいたりすると「お前は女か?」と馬鹿にされていました。(泣)

男の子の遊びも嫌いではなかったけど、料理をしてみたいという興味がありましたが、自宅でおままごとで遊んでいると姉から「女の子みたい」と馬鹿にされてしまう為に家でおままごとやぬいぐるみで遊べなくなったのが辛かった。

小学生時代

当時は50代のベテラン女性教員が担任でしたが「長年教員を務めててこんなに個性的なクラスの担任は初めてだ」と父兄に言っていたとかで、自己主張の強い子の多い印象だったと思います。
小学校の低学年の時に思った事というと「男子って野蛮で子供だなぁ・・・・。女子はなんか大人びている・・・。」っていう印象がありましたが、男女とはあんまり仲が良くなったので、男子と女子が一緒になって放課後などで遊ぶっていう事がありませんでした。

自分が女子グループと仲良くしようとすれば男子からは「お前は女なのか?」「調子に乗っているじゃないぞ」みたいな感じでピリピリしていて女の子のグループと仲良くする事ができなかったのが辛かったです。

高学年になってくると、女の子っぽい所があるからか「オカマ」呼ばわりされたり、人に言えなような性的ないじめを受けたりとありましたし、自販機等で成人誌を買って読んでる人もいたけどすごく嫌悪感が湧いたと思います。
女子にいじめから助けて貰ったりすると「女に助けられて恥ずかしくないか」とか言われたり、5年生の時は若い女性担任でしたが助けて貰ったりすると先生も標的にされたりとして学級崩壊してしまいました。(涙)

当時はスーパーファミコンなどのゲームやミニ四駆、ビーダマン、ハイパーヨーヨー等で遊んでいた記憶が残っています。
少女漫画にも興味ありましたけど、姉が読む事を許して貰えず学年誌で連載されていた「あさりちゃん」や「少女少年」を姉に見つからないように隠れて読んでいました。

中学生時代

中学生になると部活は卓球部でしたが、自分を変えたい事や父親も学生時代やっていた事から応援委員会に入って毎日のように学校に早く登校をして練習に励んでいて、
3年間頑張り続けて、応援団旗の旗手をやらせて頂くことができました。

学校生活では男子からは数々な暴力を受けて、小学生までは優しかった女子からは「キモい」「話しかけるな」と言葉の暴力を受けたりで人の痛みもわからないような状況になっていましたし不登校なった同級生も多々いました。
自分もやられたらやり返すみたいない負け戦覚悟で反抗していたのでかなり荒れていたと思います。

自分も何度かすごく精神的にも追い詰められて不登校になりかけていた事もありましたし、親や先生方に助けられた事や自分に対して普通に接してくれる同級生もいたのでなんとか卒業するまで通学する事ができたと思います。
昼休みの時間は自分の教室にいたくなくて、図書室でまんが日本史やまんが世界史などを読んで過ごして少しでも息抜きできるようにしていました。

小学生の頃には髪を伸ばそうとして、父親に「女の子みたいに見えるから髪を切れ」って言われて切らざる得なくなり、中学に入ると校則で髪を伸ばす事ができないので許される範囲内まで髪を伸ばして理容室でカットするというサイクルで過ごしていました。

二次成長期を迎えて、髭や体毛が生えてきて、股間の膨らみがあるのがすごく嫌だと感じる事が多くなってきましたし、制服によって男女別れてきた事から「生まれてきた性別を間違ったんじゃないか」って思うような事がありました。

TVではニューハーフなどが時々取り上げれていましたが、男だけど見たも綺麗な女性になれるとはすごく憧れていました。

また、中学生になると自宅でCATV回線を使ったインターネット接続が出来るようになったので、性同一性障害や性分化疾患というのを知って、男脳女脳テストや診断テスト内容を調べたりして自分の事を知ろうとしていました。

高校生時代

自分の場合は、学力が足りなかったので俗に言う不良高校に進学し、部活はパソコン部に入ってワードやエクセルの使い方、HTMLを使ったWEBページ作成などの勉強をしていました。

高校卒業後の進路については、小さい子供が好きだった事から保育士を目指すか、パソコンで何かをするのが好きだったのでシステムエンジニアを目指すのかで悩みましたが、将来性などを考えてシステムエンジニアを目指して進学することを決めてました。

丁度、高校生の頃に金八先生で上戸彩さんが性同一性障害の役をした事で話題になっていましたが、同級生から「本当は女じゃないのか?」って言われた事ありますが、実際に性別違和がある事を知られたくなかったのもあって「体格を見れば男でしょ?頭がおかしんじゃねーの?」と怒って言い返したりしました。

女らしいと思われるのが嫌で自分より弱そうな男子にはイビりちらしてみたりとしてた影響で、比較的大人しい男子からも避けられてました。(泣)
女性恐怖症になっていたので、女子とは自分から距離を取っていたので、言葉の暴力を投げられたりするという事はなかったのは幸いでした。

多分、見てないとは思うけど、ネット上で「のもへ」というハンドルネームを使い始めたのも高校生からなので一部の同級生知っている人は知っているけど、学生向けのチャットでレズビアンの女性と話をして仲良くなったり、とあるニューハーフの人とチャットで少し話をしたりした事もありました。

専門学生時代

1年時は学生寮に住んでましたが、中学、高校時代と比べて周りも優しくて、同じ寮に住む違う学科の友達もできたりとで楽しかったと思います。
同じ学科で隣部屋だった同級生とはすごく仲良くなって、卒業研究も一緒のチームになったりして勉強に励んでましたし、その同級生も魅力的に感じて好きになっていたと思います。
愚痴を聞いてもらったり一緒にゲームをしたりして遊んでましたが、そんな同性に対しての恋心はありましたが告白もせず友達としてずーっと過ごしていました。

当然、同級生同士でも気の合う合わないはありましたけど、お互いに距離をとる事ができたと思いますし、大きな争い事もなく平和だったと思います。

またネットで知り合った友達からオンラインゲームを紹介して貰って、女性キャラを作って楽しんでいましたが中性的な言動でやり取りをしていたからかよく「女性の方だと思っていました」なんていう事がよくあったりしましたし、オフ会に参加をしたりお互いに心境を話したりとで色々と楽しめたんじゃないかなぁ~って思います。

社会人になってから

中学時代の同級生と遊びに行った時に、その同級生はメンヘラですが「昔っから女っぽい所があるし女だったら良いのにな」とか言われて後ろから抱きつかれた時は「え~」みたいな感じになった事もありました。(汗)

30代になってきて、行きつけの飲み屋やカフェなどの人と人との付き合いを意識するようになってきて、人との接し方なども勉強になっていると思いますし、個人的にも人間性としての成長が大きいく周りに助けられる事が多いと思います。

親や親戚から「早く結婚しろ」って言われて婚活もしていましたが、マッチングアプリで「男らしくリードしなきゃ」みたいな感じで自分らしく振る舞えてないという葛藤や焦りがあって精神的にもきつくなってきました。

社会人になってからというのも昔と比べるとLGBTに対する認知度が高まり、同年代のMTFの男だった頃の体験談や漫画等を読んだりして「自分と似ている」と共感をする事が多く、性別違和については思春期特有の思い込みだと言い聞かせていましたが、今と比べて社会的になかなか受け入れられにくいのは長年に渡って悩み続けていて、男を演じて行くことが辛く感じるようになってきました。

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